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旅行・地域

2012年9月18日 (火)

ギリシャ・サントリーニより・・

Dscf1142今日、郵便屋さんが海外からの小包を配達してくれました。サントリーニの友人から『バジルの種』と『ドライトマト』『ナッツ』を送ってきてくれたのです。

旨味がギュッと詰まったようなドライトマト。パスタにピザのベースにいろいろ楽しみたいと思います。

それとバジルの種は来年の春までおあずけ。来年はバジルをいっぱい育てて、『ジェノベーゼ・ソース』をたっぷり作ろうと思っています。


2010年10月18日 (月)

クルーズの旅・その7~最終回

Dsc_07607回にわたり今回の旅行記をログりましたが、今回が最終回、出航したベニスに9日ぶりの朝戻ってきました。
朝、我がクルーズ船MUSICAのデッキにあがったところ、後方からCOSTAがゆっくりベニスの港に入ってきましたが、ベニスの運河は大型船には狭く、タグボートに引いてもらっています。COSTAはMUSICAと同じ大きさで、同じような航路でクルーズし、寄港地でよくご一緒していましたので余計に親近感があるのでしょうか、手を振ると向こうのデッキからも手を振って応えてくれます。

今回の旅で思ったこと・・・

・ギリシャの多くの遺産に歴史を感じたのは第一ですが、青い空と白い建物が印象深く、気候も年間を通じて過ごしやすく、ここに住む人達も幸せですね。特にサントリーニなどは夏場は雨が降る日は殆ど無く、そのために葡萄の木も地表から水分を得る為に地を這わせているということには驚きです。

・クルーズ船内では朝昼晩全て食事は無料・・・というか、クルーズ料金に含まれているといったほうが正しいのですが・・・1週間もその食事を食べているとやはり飽きてきますね。朝昼はバイキングで夜はフルコースディナーで、内容は充実しているのですが、日本に帰ってきて早速食べたのが炊き立ての白いご飯(もちろんマイ米)に秋刀魚を焼いて大根おろしを添え、冷奴でした。美味しかった。日本人に生まれてよかったと思う瞬間。

・海外で新たに友達が出来たこと。一家族はスイスのルチェルンから来たファミリー。ディナー席が7晩ずっと隣だったので会話し、帰国後メールで文通。もうひとりはサントリーニを案内してくださったemicoさん。日本人ですがフランス人のご主人とお子さんの家族で、そのうちまたサントリーニにゆっくり訪問するかも???

・そして日本に帰ってきて思うことは、やはり定住するには日本が一番。暑さも寒さも雨も雪もある日本。そりゃ50年以上この風土に育ちそこで採れたものを食べて生きてきたわけですから、一番落ち着けると言うのは当然です。

帰ってきて1週間になりますが、既に大江でログ作りが進んでいます。また明日以降ログのブログで発信していきます。

2010年10月17日 (日)

クルーズの旅・その6~ドブロブニク

Dsc_0653_90今回のクルーズの旅もそろそろ終わりです。今まで見所いっぱいでしたが、最後の寄港地は最も見逃せない『ドブロブニク』。
「アドリア海の真珠」とも呼ばれ、「ドブロブニクを見ずして天国を語ることなかれ」と英国の劇作家に言わせた地、そして、宮崎駿監督の映画「魔女の宅急便」の舞台になった場所でもあります。
小高いところからドブロブニクの市街を眺めると、城壁に囲まれた街並みの上を魔女が飛んでいそうにも思えます。
海の色がエメラルドグリーンというのはこの色だと改めて感じました。
Dsc_0696_90 その城壁にも上がりグルット見て回りました(ひとり10ユーロ必要でしたが・・)
中世にトルコやベニスからの襲撃に備えて街を城壁で囲み、そこには今も大砲が置いてありました。
今日では観光客でごったがえすこの街ですが、これからもずっと平和であり続けて欲しいものだと思いました。

2010年10月16日 (土)

クルーズの旅・その5~コルフ島

Dsc_0536_90旅も終盤になりました。次の日に訪れたのはコルフ島、ギリシャの北部でアルバニアの方が近いところです。
まずはアヒリオン(ハプスブルグ家の皇妃エリザベートによって建てられた館)に行きました。ここにはアキレスの銅像~イオニア海を臨む勇姿と矢でアキレスを撃たれている2体~がありました。
 #上の画像は、その勇姿の銅像を後ろから撮影したところ。
「これからもずっと丈夫なアキレス腱で楽しくテニスが出来ますように!!」という思いをこめてアキレスさんと一緒に写真を撮っておきました。
Dsc_0561_90 そしてここが素晴らしいsign03
カノニ地区から沖合いを見ると「ポンディコニシ」という名の島が浮かび、沿岸のレンガ色の家並みと丘の緑とにマッチし、時間を忘れそうでした。
Dsc_0592_90 街中も散策しました。狭い路地を行くとお店がひしめき、至るところで金柑のシロップが売られていましたので、味見はしました・・・が、買いませんでした。私の田舎に帰ったら金柑は沢山収穫できますし・・・。
トイレ休憩も兼ねてカフェに入り、フラッペを注文しました。なかなか美味しかったです。
サントリーニのemicoさんに、ネスカフェで簡単フラッペの作り方を教わったので近いうちに作ってみることにします。

2010年10月15日 (金)

クルーズの旅・その4~アテネ

Dsc_0408_90このクルーズは地中海・・ということはギリシャがやはりメインであり、その中心はアテネ。そしてメジャーな観光地は『パルテノン神殿』・・・ということで、そちらに行きました。
紀元前400年以上前にこの建物が造られたという事に大きな驚きを覚えます。日本はそのころ縄文時代・・・ということは竪穴式住居に住んでいたころですね。土地も小さく、経済的には小さな国ギリシャですが奥行きと深さを感じます。「昔々、ゼウスが雄牛となって美しい姫を連れ去った姫の名前エウロバ(EUROPE)から、今の欧州連合通貨ユーロが命名されているのに、経済悪化でその連合からギリシャを締め出すなんている話はとんでもないこと。。。」とガイドをしていただいたギリシャ在住のノリコさん(『おにぎり オリーブ 赤いバラ』の著者)が嘆いておられました。
Dsc_0399_90 足元に目をやれば、どこに行っても石畳です。大理石のものが多いですが、このようなものもあります。マイログハウスへのアプローチは石畳もいいなあ~・・などと勝手なことを思ってみたりもします。
Dsc_0433_90 パルテノンのあるアクロポリスから見えるのは『アレオパゴスの丘』です。かつて聖パウロがここで当時のエリート達を集めて偶像崇拝を否定する講演をしたそうです。(新約聖書・使徒言行録17章22-34節)
リアルにその丘を見ると聖書が身近に感じられるものです。

2010年10月14日 (木)

クルーズの旅・その3~サントリーニなど

Dsc_0247_90次の日の寄航はカタコロン。オリンピック発祥の『オリンピア』に近い街ですが、私達夫婦は、船の中でのんびりしようと下船せず、デッキでストレッチやエアロビクスのイベントに参加したり、ジャグジーをイタリア人と一緒に楽しみました。画像は夜になって5Fのラウンジで毎晩行われる、可愛い女性カルテットの演奏を楽しんでいるところです。
Dsc_0257_90_2 そして次の日はサントリーニとミコノス。
ギリシャと言えば青い海に白いお家・・そして青い空。最もこれが似合うのがサントリーニでしょうか。サントリーニにはMUSICAは大型船の為に港に接岸できないので、沖からテンダーボートに乗り換えて上陸しました。
Dsc_0291_90 素晴らしい天候に恵まれ気分最高です。ここから見る夕日は世界一素晴らしいと言われるイア村からの風景です。青い屋根のギリシャ正教会がいたるところにあります。夕方はミコノスに移動のため、残念ながら夕日は今回は見れません。お隣の街フィラに在住の日本人emicoさんに現地ガイドをしてもらいましたが、お友達になりましたし、次にいく行く機会があれば、是非見てみたいものです。(emicoさんのblogはこちら)
Dsc_0379_90 夜は船内にあるカジノで、少しばかり楽しみました。

2010年10月13日 (水)

クルーズの旅・その2~アルベルベッロ

Dsc_0132_90次の日(10/4)はイタリア南部の都市BARIの港に寄航しました。私達はアルベルベッロの街までバスでのツアーに出かけました。BARIはイタリアの工業都市ですが、そこからアルベルベッロに向かうバスの外は少し行けばのどかな田園風景になります。アルベルベッロは農村の村であり、そこにはトゥルッリと呼ばれる三角屋根の石のお家が見えてきます。移住してきた貧しい農民が建てた石積みの家です。領主が家に徴税されないよう、すぐ壊せるようになっていたとか・・・。
Dsc_0172_90 アルベルベッロの中心にあるモンティ地区はこのトゥルッリの家でまとまっています。3匹の子豚の『ウー』が脳裏を走りました。この頂上には教会があり、そこに行くまでの道はおみやげ物を売るトゥルッリが連なりますが、驚いたのはどこのお店でも片言の日本語で話しかけられたことでした。
Dsc_0178_90 散策を終え、広場で時計台を前に記念写真を撮りました。今日も天気がよく旅行には最適です。

2010年10月12日 (火)

クルーズの旅・その1

Dsc_0209_90骨休めの行き先は、エーゲ海・アドリア海のクルーズの旅でした。10/2~10/11の10日間、本当の骨休めでした。出発前の「寝ていても腕の骨がズキズキしていたのがすっかり無くなったのですから・・・。

乗った船はMSC/MUSICA。9万トンの船で、客数2,500名、スタッフ約1,000名を乗せて、10/2から10/10まで、アドリア海からエーゲ海の島々を巡るクルーズです。
前に、ロイヤルカリビアンのエンペラー号(今は名前が変わっています)でバハマをクルーズしたことがありますが、エンペラーに劣らないほどの大きな船でした。16フロアーまであり、14Fにはプール・ジャグジー、16Fにはテニスコートまでありました。(さすがにテニスはしませんでしたが、ジャグジーは楽しみました)
Dsc_0037_90 スタートはベネチアです。ベネチアは3度目の訪問となりますが、MUSICAの13Fのデッキから見る運河、橋、建物・・、とても美しい光景でした。
Dsc_0107_90 巨船はタグボートに運河を誘導されながら、アドリア海にゆっくりと出て行きましたが、その後ろにはベニスを色鮮やかに映し出す夕焼けがこれからの旅を祝してくれているようでした。

明日から、数回にわたり、クルーズの旅をログります。

2009年2月 4日 (水)

寒い季節の温泉

Dscn0936先週、先々週は非常に寒い日が続き、その中で私は木を刻んでいましたが、その時『まもなく温泉に行くぞ!!』という思いが膨らんでいました。
湯治という言葉で言うように病気を治しに言ったわけではないですが、冷えた体を暖めに行くと言う意味で、冬の温泉は格別のものがあります。昨日・一昨日と有馬の古泉閣に行ってきました。京都から有馬は1時間ちょっとととても近い温泉です。
会社を辞めて1年と7ヶ月。辞めて2年間は健保組合は任意継続で、今も関東ITソフトウェア健保組合に属しています。その保養所のひとつに古泉閣はあります。一番奥のほうにある立派な温泉旅館です。そこに1泊2食5,000円で泊まれるのですからお得です。
Dscn0933_2 湯は鉄分とナトリウムを多く含む元湯です。
聞くと2月は一番お客さんが少ないとのことで、しかも月・火。3回お湯につかりましたが。殆どが私一人の貸切状態でした。
大変贅沢なひと時に満足したことでした。

2008年11月17日 (月)

オリンピックの年には!

Dsc_0008_904年に一度のオリンピックの年には、大学時代の同じ学生アパートに住んでいた同級生5名で正真正銘の同窓会を行うことにしています。
前回4年前のアテネ大会では伊東温泉で英気を養いましたが、今回は熊野古道を中心に古の昔に思いを馳せる旅をしてきました。熊野古道は4年前に世界遺産に指定された自然や宇宙に対する畏敬を山や森に住むという神仏への祈りという形で受け継がれてきた遺産であるとのことで、発心門王子なる地点についた時点で靄に包まれた幻想的なスタートとなりました・・・が、そんな空気よりも久々に集った仲間とのたわけ話が勝っていましたが・・・。
前日の雨で道中が心配でしたが、爽やかな晴れ間の中快適な一日を過ごすことが出来ました。
Dsc_0079_90 宿泊は龍神温泉にある「上御殿」。その昔、紀州の殿様の御用達の温泉だったとか。日本三大美人の温泉ということでもありツヤツヤの体になったような気分でした。
翌日は雨の中を高野山に行き奥の院までを散策したり、金剛峯寺では『仏性』の説法を聞いたり、世界で始めて麻酔の手術をしたという華岡青州の生家を訪ねたりと有意義な2日を過ごしました。
「4年後のロンドンオリンピックにはログハウスも十分完成しているよなあ!」と心地よいプレッシャーも頂き、その時は京都北部の旅を兼ねた同窓会が催される予定です。

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