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2008年3月

2008年3月31日 (月)

きのこ栽培教室

Dsc_0001この前から、きのこ栽培教室に向けてホダ木の伐採や玉切りなどを行ってきましたが、昨日30日は「田舎暮らし応援団」として、本年度第1回目のイベントを行いました。この教室は、「しいたけとひらたけとなめこを作って収穫しましょう」ということで、第1回は3/30-植菌、仮伏せ、第2回は7/20-本伏せ、第3回は10/26-収穫祭と3回コースです。1種類¥2,500で3種類まとめると¥6,000とお得です。なぜお得かというと、普通ホームセンターとかで販売しているコナラやクヌギのホダ木は細くて700円ほどしますが、こちらは太いの細いの取り混ぜて5本も確保できます。かつ「財団法人日本きのこセンター」から講師の方も来られて、きのこの栽培方法や注意事項を丁寧に説明していただけるのです。そして何より素晴らしいのが、ひらたけやなめこの場合は自分でチェーンソーでクワの木を玉切りして(苦手な人は応援団が代行します)、自分で菌種を詰めて収穫を待つことになりますし、しいたけの場合も自分でドリルで穴を開け、自分で形成菌を埋め込み収穫を待つことになります。大変なホダ木の準備や途中の管理は全て応援団がやってくれるのです。
Dsc_0071Dsc_0068_3 Dsc_0089_3

         上の画像は、左から、☆果敢にもチェーンソーにチャレンジする女性 ☆ひらたけ(まいたけも同じです)をクワの木に植菌しているところ ☆しいたけの菌を埋め込むためコナラの木に穴を開けているところ、です。11組20人弱が福知山近辺を中心に遠くは京都市内からも来て頂きました。
Dsc_0104_2 Dsc_0102 一日中、小雨の降る冷たい一日でしたが、お昼はBBQ、しかも近場で捕獲した猪と鹿肉のBBQです。大変美味しく頂きました。

田舎暮らし応援団としては、本日参加いただいた皆さんが雨の中にも関わらず、いろんな作業を積極的にこなしていただき喜んで帰っていかれたことで充実することが出来ました。
そして「日本きのこセンター」の方の講義を聞いていて再認識したこと~椎茸には菌床栽培と原木栽培がありますが、原木は100%無農薬・無添加で作られる自然栽培であること、菌床はおがくずやフスマに栄養剤を加えて短期間で栽培するものでスーパーとかで販売されているのは全て菌床といってもいい。昨年、農大で何度も購入した1袋100円の椎茸も原木でした。鍋で食べることが多かったですが、コクがあって大変美味しいものでした。香り成分のレンチアニンやうまみ成分のクアニル酸が豊富なのだと思われます。
Dscn0083 Dscn0082 そして帰りには私もコナラに椎茸菌を打ち込んで3本持ち帰りました。応援団の仲間が「昨年のホダ木から椎茸が出始めているのを持って帰る?」と追加で3本頂いてきました。(上の画像右-美味しそうな椎茸が発生しています)
これから秋に向け、楽しみです。細いので2年、太いので5年は楽しめるそうです。

2008年3月30日 (日)

基礎から学ぶログハウス教室・その9

Dscn0061雨が振ったりやんだりの土曜日でしたが、ログテーブル作りを続行しました。今日は最後の工程であるベンチの据付です。ベンチの高さをテーブルの天板から30cmの落差にするべくスクライブしノッチ加工をしました。実際に体を入れてみてテーブルとベンチの間も使い易い間隔を選定します。間隔は20cmとしました。
その後、ベンチのカンナがけ、土台部分のカットを行い、完成しました。試しに座ってみましたがなかなかいい感じです。10人は余裕で座れますので、ここでワイワイとBBQなどできればいいですね。季節も良くなりますし!

ところで、来週4月5日のログハウス教室にログハウス作りのメジャーな雑誌である『夢の丸太小屋に暮らす』さんが東京から取材に来られるそうです。ログハウスセルフビルドの楽しい仲間達といったテーマの特集(7月号)に載るそうです。・・・が、私はその日は参加できない用事があるのです。残念!!

Dscn0064 その後、近隣の田園地帯をいつもの「田舎暮らし応援団」のいメンバーで視察してまわりました。ログハウス作りだけでなく、今後農業への展開を図り、産直や、農家民泊なども目指したいと言う思いがあり、場所の選定というわけです。耕作されなくなった田圃や畑はありますので、実行は十分可能だと思います。

Dscn0073そして、上の画像は、最近まで使われていましたが大江町が福知山市に統合された後閉鎖されてしまった「元伊勢観光センター」です。
応援団の事務所も欲しいということから、候補として確認しに行きました。
これから、仲間と意見交換があり、一歩ずつ前進していければいいと思っています。
その日の帰り、いつも渡る由良川の三河橋(そうごばし)からの夕日が川面に映えていました。
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2008年3月28日 (金)

野焼き

Dscn0057去る3月9日、我が大江の村では野焼きがありました。普通、日曜は京都にて教会の礼拝に出たり、午後はテニスを楽しんだりしているのですが、我が田圃を含む田園一帯は皆で管理するべきであると、最優先で参加しました。
野焼き体験は初めてです。5cm径・2m長の竹筒を持って集まりました。竹筒の先端の節に数cmの穴を開け、そこに灯油を入れた後布切れを詰めます。そして布切れの少し出したままの部分に火をつけると、ブオ~!って感じ、所謂簡易火炎放射器に早代わりです。山火事とかで「火が走る」といいますが、風にあおられた炎は枯れ草の野原と河川敷をバァーーーッと走り抜けていきました。かなり危険な作業で、作業には40人程が参加し、消防署からは消防車と署員が5人ほど待機しての実施でした。

そして、画像はそれから20日ほど経過した由良川の河川敷です。この風景は私の原風景であり、ここで泳いだり、潜って川えびをついたり、釣り糸を垂らして鯉やフナをつったりしていました。手前は焼かれた原っぱです。野焼きはそこに潜む害虫や野鼠を駆除するためのものですが、ここには野鳥(最近のブログで書いた雉なども含みます)の巣も沢山あると思うのですが、あっという間に駆逐してしまいました。

Dscn0056 そして足元に目をやると、春の風物であるつくしが焼け野原から元気に顔を出していました。

2008年3月27日 (木)

どうせなら!

Dscn0030穏やかな春の一日、プランターを作りました。お隣のお家の空き地に4年前から40cm径・長さ4m越えのたいそう立派なヒノキ材が横たわっていました。23号台風で傾いてしまったため伐って寝かされていたのです。
ログハウス教室でログテーブルを製作していますが、自分の家にも欲しいと思うのが人情です。「好きに処分していいよ」との声に、テーブルを作ろうかとチェーンソーをあててみたのですが・・・、やはり、皮をつけたままで4年もの間風雨にさらされた材は周囲5cm程度が腐りかけ蟻の巣と化していました。「薪にでもするよ」とのお隣さんの声でしたが、心材はしっかりしており、太いだけあってまだまだ使えそうなので、プランターを作ることにしたという訳です。ほおって置けば長い間かけて朽ち果ててしまう材ですが、どうせならと、もう一働きしてもらうことにしました。ちょっと雑な仕上げですが、そんなのが自然の風景には合うかもしれません。早速ペチュニアを植えておきました。
Dscn0033 そして午後は、自家消費用にと、じゃがいもの種を蒔きました。お隣さんから、「じゃがいもは3月20日までに植えたほうがいいよ!」と教えてもらったので2週間前には畑の準備をしていたのですが、雨が降ったりと思うに任せず、今日になってしまったのです。牛糞堆肥と苦土石灰は既に鋤きこんでありますので、植え付けの前に肥料を与えました。じゃがいもは肥料は少ない目でいいそうです。多いと葉が茂るばかりで実があまり成長しないとか・・・。アラジンというN:P:K=14:14:14の肥料を700g、画像の2畝に撒きました。
Dscn0034 じゃがいもは前日に一片40gを目安にカットしてあります。タキイさんでキタアカリという品種を購入していたのですが全部で80片になりました。これを25cm間隔で植えつけました。6月頃には収穫できると思います。仮に1株10個とすれば800個!ポテトサラダに、カレーライスに、味噌汁に、・・・と活躍してくれることでしょう。

2008年3月24日 (月)

近所の穴場

Dscf1188私の京都の家は国際会館の近くです。そして、歩いて10分のところに『京都乗馬クラブ』がありそこに隣接されているのが『HONKYTONK』です。昨晩、「田舎暮らし応援団」のみやさんと私の奥さんと3人で行って来ました。カントリーミュージックのライブハウスです。昨日の出演バンドは『WILD HORSE SURVIVAL』というカウボーイハットののりのいい演奏を聞かせてくれました。昔懐かしいCCRやLaynyrd Skynyrdのフリーバードなども演奏されました。CCRは「雨をみたかい」があまりにも有名ですし、レイナードスキナードは飛行機事故で解散したサザンロックバンドですね。サザンといえば、「The Allman Brothers Band」が私は好きです。久しぶりに聞いてみようと思ったのですが、今の私にレコードはあってもレコードプレーヤーはありません。・・・残念! 今日CDでも借りてくるか!

いずれにせよ、ホンキートンク良かったです。ワイルドホースサバイバルも良かった。また行ってみよう!

2008年3月22日 (土)

ユンボの季節

3月21日

昨年12月に『開墾再開』以来になりますが、マイログハウスに関する記事を再開します。1-2月は雪でほぼ毎日覆われていたので、束の間の雪が無くなった時に、開墾時に出てきた倒木片や朽ちかけた竹などを燃やしていました。

Dsc_0088_2 マイログ建設予定地は家の建っている土地から土手を介して2m程度高い位置に段があり、更にそこからもう一段の2m高の土手を介した上になります。その上段に3間×4間(約5m×7m)の丸太小屋を予定していますので、ユンボを上げて竹と雑木の根っこをかき取り水平を出した後、布基礎用に深さ50cm巾60cm程度の溝を掘ることになります。

Dsc_0102_2 一昨日までに2日間かけて、最初の土手を削り中段までユンボをあげました。途中、周囲3mはあるだろう大きな石、というより岩が出てきたのには驚きです。ユンボでも持ち上がらずスリングで引っ掛けてズルズルと邪魔にならない所に移動しました。前輪側のキャタピラが外れるアクシデントもありました。対処方法は、アームを地面に突き立てて外れたキャタを宙に浮かし、前後輪を支える本体部分の鉄の窓を開けるとグリスニプルが見えます。それを外すとアイドラーが縮んでくれるのですが・・・おやっ?縮みません・・・歯のついた後輪だけでゆっくりガラガラと回しているとやっとアイドラーも縮んでくれました。さてそこで前輪にキャタをはめ込む事になりますが、ここからは一人では対処できません。「どうしたん?」とやってきてくれたお隣さんにヘルプを求めました。私がゆっくりと回しながら、下ではお隣さんがバールで外れた側のキャタを寄せていって、ようやく入れることが出来ました。後はニプルを締め付けてグリスアップしてやるとアイドラーが再び伸びてくれてキャタも張ってくれました。購入した機械屋さんにも電話で対処法を確認しましたが、これらの修理はやはり自分の手でやるべきですね。今後のことも考えると何事も経験。これで次同じことが起こった時にあわてる必要はありません。

Dsc_0119 そして本日は、強力な助っ人が顔を出してくれました。近くに住む叔父さんです。「ちょっと貸してみろ」と運転席に乗り込むと、あれよあれよとバケットを操作し、あっという間にスロープを作り上段まで上がってしまいました。叔父さんはユンボを田圃の畦直しや溝作りに使っているのでお手の物です。

Dsc_0139 きっと私がやっていたら2日はかかっていたと思われます。
そして上段で根っこも全部取ってもらったのです。
そして今日もキャタが外れるアクシデント!でも慌てることなく対応できました。しかし二人でも汗かきかきの力仕事です。

来週からはまずは目感覚で水平になるようにユンボで均し、続いてオートレベルで水平を正確に測り整地することになります。

2008年3月21日 (金)

出た出た・・

Dsc_00972月28日に、暖かくなってきたとはいうもののまだまだ不安定な気温の中、トマト他の種を蒔きましたが、芽が出てきました。
トマトもナスもトウガラシ類も全て発芽温度は20℃以上なのでビニールハウスの中にホットカーペットを入れて播種しました。
Dsc_0192 画像のようにホットカーペットはひとつしかなかったので、トマトのトロ箱を乗せておいたところ、ナス・トウガラシは一向に芽が出てきませんが、暖かさが直に伝わるトマトだけは芽が出てきたという訳です。
これからも大事に育てます。

2008年3月20日 (木)

基礎から学ぶログハウス教室・その8

Dsc_0449この前から、ほったらかしになっていたログテーブルの製作に戻りました。11月に材を切り出して、土台のところで雪が来て、そのまま埋もれていたので忘れていたわけではありませんがどうしようもなかったのです。
ようやく天板を乗せ、スクライブして面をあわせると同時に水平をとっていきます。スクライブはラフとファイナルに分けて行いました。半割りの材の元末を交互にあわせ、広いテーブルが見えてきました。長さ3.1mで、巾は約90cmと大きく、10人が余裕で座れます。画像は材の間にチェーンソーを突っ込み天板2枚を隙間なく合わせる事になります。(この後、丸ノコで仕上げますが)
Dsc_0443 天板の表面は画像のように、チェーンソーでブラッシングといって凹凸を取り去り、最後にカンナとディスクグラインダーで仕上げます。材が太く18インチのバーでも届きません。
Dsc_0452 なかなか美しく仕上がりました。
サドルノッチもしっかりと収まっていますし、天板も滑らかになりました。次回はこれにベンチの部分を加工します。

2008年3月19日 (水)

一休さん

Dsc_0071 Dsc_0077我が家の最寄駅は国際会館ですが、そこから乗り換えなしでいける新田辺まで行ってきました。そこは京田辺市になりますが、10年前に大阪は富田林にあるテクノホルティという農業学校で「新規就農支援講座」を8ヶ月隔週日曜日に受講するために私は京都からそこまで片道3時間、電車で通ったのですが、その時席をご一緒させていただいた仲間T氏が住んでおり、そしてその10年前に農業に転職しているのでお話を聞いたり圃場を見せてもらいに行ってきました。奈良は五条からも仲間が来てくれました。
T氏のご両親が農業経営をされていたので、彼は50歳になる前に公務員を辞め農業に転進したのですが、倉庫には大型のトラクター、コンバイン、田植え機、管理機にはじまり全ての農業機械が揃っておりました。
Dsc_0004 Dsc_0018 生産物は「筍」~竹林を1町所有しています~と、「柿」~以前ご両親と小松菜などを作付けしていたとのことですが、お父さんも他界され今は柿に転作したそうでそれが4反~と、水稲作りに田圃を9反とかなり大規模です。竹林は綺麗に整理されています。竹は蛇の目傘をさして通れる程度に間引いてやらないと陽の光が地面まで届かないので良くないと聞いたことがありますが、T氏の竹林は光が入っていました。柿は彼是10年ちかくになるそうですが、こちらも手入れが行き届き、低木で脚立なしで収穫できるようにしてあるそうです。道と柿畑の間にはフェンスがしてあります。私の畑の場合は山間にほど近いので猪や猿、熊といった獣害対策で電柵をする場合がありますが、京田辺は獣害はありません。人害だそうです。さきの竹林でも勝手に筍を掘り返していく者があるとのこと。全く情け無い限りです。
お昼ご飯を一緒に食べながら今後の農業のことなどを話していたのですが、T氏なりに大変だということでした。お家も大変立派でいい車に乗っているので、あんまり切実感は感じませんでしたが、経済的なことを考えるとサラリーマンにしろ公務員にしろ宮仕えに勝るものはないという理解をしました。日本の農業の衰退や後継ぎの問題を思うとき、これではいけない、理想だけでなく現実的にも収入も納得できるレベルにならないと先は無いと改めて感じた次第です。しかし、T氏の竹林、柿園、田圃、畑全て、綺麗に手入れされており、彼の農業に対する姿勢を見せ付けられ、私も少しでも近づけるよう頑張らねばと思いました。
Dsc_0024 Dsc_0035_2Dsc_0061 Dsc_0043 京田辺には一休寺があります。日本人であれば老いも若いも「一休さん」の話は誰でも知っていると思います。その一休さんは実はこの京田辺におられたそうなのです。そしてこれもはじめて知ったのですが一休さんは天皇家の血筋なんですね。写真の一休さんのお墓には菊の御紋があしらってありました。そして寺内には「このはしわたるべからず」の有名なとんち橋もありましたし、帰りには一休寺での有名な天日干しされた乾燥納豆をお土産に買って帰りました。

Tさん、これから農業をやる私にはとっても参考になりました。ありがとうございました。

2008年3月17日 (月)

珍客

Dsc_0245 先週から春の陽気が急に訪れました。今年はお米に加えていろんな野菜を作ろうと楽しみにしています。我が畑は2畝ほどの広さが5枚ほど点在しているのですが、そのうち2枚の土を起こそうとトラクタと管理機を出動させました。三寒四温、まだまだ夜間は0℃に近くなりますし遅霜も来ますので種や苗の植え付けは出来ませんが、近所の農家の人に聞くと「じゃがいもは3月20日までに種をまかなあかんよ!」とのことなので先週中に牛糞堆肥と苦土石灰を撒いて鋤きこんでおきました。
Dsc_0334_2 これは裏庭の畑です。年越しの野菜が僅かにあります。手前からほうれんそう、支柱してあるのはそら豆とえんどう豆、その先に小松菜と菜の花、ねぎは手前の畝から移植し、一番向こうには農大で育てた玉葱です。長い間、食した大根は残りも少なくなってきたしこのまま置いていてもトウがたつと思い引き抜いて米袋に入れて納屋に保管しました。

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そんな畑ですが台所から何かが動く気配がしたので見てみると!大きな雉(きじ)が耕した畑に現れているだろう虫やみみずを啄みに来たのです。体長30cmはありそうな大柄な雉です。カメラを向けているのを知ってか知らずか、悠々と長い間食事をしていました。昨年もこの畑には親子の雉が走り回っていましたからこの界隈を住処にしているのでしょう。

2008年3月16日 (日)

我が家のある朝の自給率

Dsc_0288田舎の我が家には新聞紙に包んだ”白菜”がまだ20球は保存してあります。よってついつい毎晩鍋で白菜を消費しています。
そして朝は野菜のエキスがたっぷりはいったお汁で雑炊を食べるのが常になっています。
画像は一昨日の朝の食卓ですが、目標とする自給自足の世界に少し近づいてきました。
雑炊の中のお米・白菜は自給(肉類・きのこ・卵・昆布は購入)、サラダの小松菜・八朔は自給(マヨネーズは購入)、添えた大根の漬物・ふきのとう味噌和えは自給(くぎなごは近くの農大の仲間からの頂き物)・・・と身土不二の重要性を感じ、現状の日本の自給率の問題や地球全体の環境問題を思うにつけ地産地消の必要性を感じる私としては、少しその方向に近づいたのかなあと思います。
Dsc_0269 Dsc_0342_2 特に、雪が解けてようやく成長し始めた畑から間引いてきた小松菜と裏庭でたわわに実った八朔を捥いできていただく贅沢を美味しくいただきました。

2008年3月10日 (月)

春への準備

Dsc_0188昨年12月にトラクターを調達して、田圃の土起こしを行いました。トラクターでは、田植えまでにもう一度田を鍬き、代掻きをすることになりますし、畑もある程度の広さがあればこれで土を耕します。しかし、狭い畑はトラクターを回すのが困難なので小型の管理機を使って耕します。その後で畝たて作業を行うのですが、鍬での畝たてはかなりの労力が必要です。そこで、調達したものが上の画像です。鮮やかなブルーに赤をあしらってあり、マジンガーZを彷彿させますね。管理機用の培土機です。
Dsc_0190 管理機に取り付けてみました。
これで畝たてと中耕・培土(作物の生育中に畝間を耕すことで土壌に空気を入れて通気性を高めたり、除草を行うことが出来ます)も楽に出来そうです。

特に今年は黒豆(枝豆)を沢山作ってみようと思っていますが、黒豆に中耕・培土は重要だと言われています。また今年こそはえび芋を立派に育てたいと思っており、こちらは土寄せが重要な作業です。それらに、こいつが活躍してくれることを期待しています。

2008年3月 6日 (木)

ほうやれほ~

Dsc_0164 「安寿恋しや,ほうやれほ.厨子王恋しや,ほうやれほ」で悲しくも辛い物語が綴られる『山椒大夫』はここ舞鶴は由良川の河口に近い地を舞台に展開されます。今日、舞鶴に行く用事があったので、帰りに由良海岸まで道草することにしました。画像は、河口にほど近い「もみじ公園」にたつ『安寿と厨子王』の像です。後方をずっとあがっていくと、由良川を眼下に見ながら日本海が一望できるそうですが、今日はおあずけです。
Dsc_0178 もう少し行けばそこはもう日本海・由良海岸も間近です。そこに架かっているのは北近畿タンゴ鉄道の由良川鉄橋です。鉄道ファンに好まれるポイントのひとつだとか?10分ほど車を止めて待っていたら列車(といっても一両編成を列車って言うの?)が渡る所を収めることが出来ました。
Dsc_0180 誰もいない海の由良海岸です。子供の頃はここによく海水浴に来たものです。この先のほうには天橋立、伊根の舟屋と見るべき行くべきところが沢山あります。
今日は1時間足らずのプチジャーニーでした!

2008年3月 3日 (月)

きのこ栽培教室イベント準備

Pict79303月1日はログハウス造りの前に、田舎暮らし応援団の今年の『きのこ栽培教室』のほだ木をとるために、くぬぎを10本程度倒しに雪の中をチェーンソー担いで山に入りました。前に菌床椎茸栽培のことをログりましたが、やっぱり原木椎茸のほうが美味しいと思います。
Pict7931 普通原木は紅葉が七分程度の時に倒すと聞きましたが、今回は3月30日に教室を開催する予定なのでぎりぎりになってしまいました。その日は倒すだけでその場に寝かせておき、直前に玉切りして山から運び出します。

Pict7934山から下りるとき日本の棚田百選にも選ばれている『毛原の棚田』をカメラに収めました。雪に覆われた棚田も美しいです。5月にはここで『棚田体験農業ツアー』が行われますし、前にログった『棚田オーナー制度』もこの地です。まもなく雪も解けますしそうなればイベント目白押しです。

2008年3月 1日 (土)

ブログをはじめて一年が経過・・

Dsc_0007昨日で、ブログ開設一年を迎えました。早いものです。はげましなど多く頂きありがとうございます。
そして優游をめざし、田舎をめざして、はや10ヶ月です。

毎週京都-大江間を車で移動していますが、大江の実家にほど近い綾部から福知山に抜ける名も無い峠の両側に石碑が建っています。
ひとつ(左)には「役是北丹後国加佐郡」、もうひとつ(右)には「役是東丹波国何鹿郡」と彫られています。今ではそれぞれ「福知山市」と「綾部市」で分けられています。
そこで、水上勉「日本の風景を歩く-丹波・丹後」を読み返してみました。

Photo_2 作者は福井県おおい町(おおい町は今アメリカ大統領選挙に乗じて有名になろうとしている(?)小浜市の西に位置します)の出身であり、氏は『そこからは舞鶴や宮津は山の向こうにあるいくつもの都と空想』していたそうです。宮津などは随分にぎやかなところで、その異国情緒のある所をいつも瞼に浮かばせていたとあります。
さらに読むと、丹後はもともと「丹波国の北部の加佐郡・与謝郡・丹波郡・竹野郡・熊野郡」の5郡を割いて『丹後の国』に和銅6年に置かれたとあります。私の実家は今では福知山市ですが加佐郡に属しますので丹後となります。そこには酒呑童子で有名な大江山を中心に日本三景の天の橋立、「安寿恋しやほうやれほ・・」と悲しくも辛い森鴎外の『山椒大夫』、鎌倉幕府から南北朝においては綾部が生誕の地とされる足利尊氏の遺跡であったり、わが祖先もそこに加担し、その面影が残っていたり、明智光秀によって築城された福知山城、その娘細川ガラシャが幽閉された味土野・・などなど訪れてみたいところはいっぱいあります。
これからすこしづつ時間を見つけて、いにしえの旅なども面白いと思っています。
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