さあ、続いての作業は破風板の取り付けとなります。
先日、プレーナ加工はしておきましたので、拝みと継ぎの部分を7寸勾配にあわせてカットし、次いで軒天を収める為に15mmの溝キリをしました。
そして設置する前に防腐剤で塗装しました。塗料は膜系にするか浸透系にするか大いに迷ったのですが、木の呼吸と調湿性を妨げないという観点から、浸透系にしました。4メーカーのものを検討しましたが、メールで直接QAをお願いしたりサンプル缶を取り寄せたりしての結果です。これから長い間暮らすことになるログハウスですし、色も迷いましたね。結果は画像のようなダークオークです。
そして、破風板を垂木に据えつけることが出来ました。4m長さ(全長6mを1箇所継いでいます)の破風板(30mm厚×180mm巾)は重いですから、一人仕事はかなり苦労しました。まず安全を確保する為に、ベランダ風に足場を追加で作成し、そこに脚立を立てて登り、脇に抱えての作業となりました。
画像は設置直後のものですが、なんとはなく、キリッと引き締まったように思います。
今年中に屋根を完成させる目標を達成する為に今週の土日も田舎にこもりっきりです。
そして昨日今日と桁(プレーとログ)にスペーサを張ったり、軒を7寸勾配に、且つ軒天(12mm巾)を納めるスペース考慮してチェーンソーでカットしました。(画像)
高さは3m強ですので、はしごに登ってのチェーンソーを扱うことと、材も30cm以上の太さがあるので、力とそして慎重さが要求されます。そして、それに加えて、その様子をデジカメで撮らねばならないという一人仕事が大変なところです。ま、そういる余裕も持っての仕事の進め方でもあるのですが(笑。。。
夕方に垂木を6本ほど設置してみました。△屋根が形になりました。明日一気に垂木上げを完成させたいと思っています。
10月中旬に伐った檜ですが一番玉と二番玉は床材用に製材すべく仲間に搬出してもらいましたが、三番玉を使って玄関先に下屋を出して広くしようと思い、草むらにねかせたままにしていました。まもなく1ヵ月半になりますし早く皮を剥いておかないとこの季節虫ははいらないでしょうが、皮が張り付いてしまい大変になると思っていたのです。
昨日までに棟上と補強金具での処理が出来たので、ようやくユンボで運んできて皮剥きをすることが出来ました。
想定どおり、皮が張り付く寸前になっていましたが、なんとかそんなに苦労しないレベルで皮を剥くことができました、
枝を適度に残しており、玄関先なので、ちょっと帽子などかけておくのもできるかな?と思っています。
さあ、明日からは垂木がけとか破風板の準備が始まります・・・楽しみ!
来る日も来る日も、どうやって8mもある太い杉材を6m近い高さの束の上に棟上をしようかと考えていました。
通常ならクレーン車を使って吊り上げるのでしょうが、ここまでクレーン車は入れないです。ジンポールクレーンといって柱を立てて固定のクレーンを作る手法も調べたりしましたがどうもイメージが湧いてきません。
最終的にイメージできたのは、桁と梁を上げた後、ロフト位置に足場用の板を張ったのでその上で櫓を組んでチェーンブロックで上げられるのではないかという思いになりました。そして昨日と今日、4m強の材を6本準備し、先端にボルト穴を開け、3本をボルトで締め付け、足場板の上に3本組みの櫓を2組作りました。念のため元には木端で滑り止めをあてがったうえで、ビスで全てを止めました。
午後から叔父が手伝いに来てくれたので、棟木と母屋をユンボで桁上まで上げ、そこからは準備した2箇所の櫓にチェーンブロックをつけ二人でカリコリカリコリと吊り上げていきました。作業は順調にすすみ、ホゾ穴に順番に落としこみ、最後はカケヤでたたいて納めました。記念に写真をとっておきました。
いろいろ考えた結果として準備も滞りなく行ったので、棟木と2本の母屋を2時間程度で上げられたことには感激でした。
棟上まで終わると、大きな力仕事は一段落です。
明日からは、これらを補強金具で固定したり、桁の端を垂木の流れに沿ってカットしたり、野路板、破風板、鼻隠し等の屋根作りが始まります。
3連休の初日の土曜日は、知人が南禅寺で陶芸展をしているので、見に行ってきました。
南禅寺と言えば、蹴上駅を降りて琵琶湖疏水のインクラインのトンネルをくぐったところになります。
お天気も良く、ブラブラと歩くのにも気持ちのいい気温でした。
知人は陶芸を始めて彼是11年。いろんな会で沢山の賞をとるほど腕が磨かれています。
実は私も知人が通う清水の『瑞光窯』に1年通っていたのですが東京への転勤と同時にご無沙汰になってしまいました。しかし、聞くと私の道具もまだ保管していただいていると言うので、そのうち復帰したいものです。
帰りには、近くなので南禅寺の三門を巡ってきました。石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな~」とのせりふを残した有名な場所ですね。
まだ三門に上ったことは無いので、そのうち上り「絶景かな」と叫びたいものです。
私達一族は、毎年11月下旬に『先祖考』を催します。今年の出来事を振り返るとともに、過去の出来事を思い起こし先祖の人達に思いを馳せる行事です。
そして今年は兵庫県は上郡町赤松村に皆で出かけました。
過去帳を紐解くと『赤松円心則村』の名前が出てくるのですが、時は南北朝時代の武将です。
赤松村には当時の則村のことを思う遺産を見て廻ることができます。そして画像は則村が建立した法雲寺に彼が自ら植えたといわれる『ビャクシン』です。根回りが14.3mで推定樹齢は700-800年だそうです。
中央文庫から『悪党の裔』という北方謙三氏の歴史小説はこの赤松則村の生涯を描いたものです。改めて読み直そうと思っています。
なんということでしょう。昨日も雨、今日も雨・・・
今朝などは青空が見えたと思ったので外に出た途端に雨。。
午前中冷たい雨を恨めしく思いながら屋根の下でジャガイモの芽かきをしていました。
午後、ようやく雨が止んだので一昨日打っておいた墨が消えているところに、もう一度打ち直してチェーンソーのカットラインをつけたのですが、そのうちまた強い雨が。。。
しかたなくまた屋根の下に戻り雨が止むのを待ちました。
午後3時頃にようやく青空が見えたのでもとに戻ると折角打った墨がきれいになくなっており、また墨打ちからやりなおし・・・。一歩進んで一歩下がって・・お正月を前に『スゴロク』を思い出しました。
この墨打ち作業、結構大変です。なんといっても丸太は重い。その丸太を墨を打つラインを垂直になるように回転させる必要があります。
墨打ち後はチェーンソーでカットしブラッシングで面出しをして電動カンナで整えます。次に垂木が乗る巾を100mmとして天井の内張りを収められるように溝キリカンナで段付けをしておきました。それから束を受ける位置をチェーンソーでスカーフカットし曲面カンナで整えた後、40mm×100mm×100mm(深)のホゾ穴をドリルとのみを使って開けました。
ま、しかしなんとか今日中に棟木と母屋の加工が全て終了しました。
明日は京都に戻りますので作業の続きは来週月曜からになりますが、次はいよいよ棟上となります。
楽しみです。
セルフビルドによるログハウス作りを始めて、約2年半。殆どが一人で黙々と木に向かっての仕事です。
チェーンソーや電動工具を手にしているときはかなりの音がしますのでイヤマフなどをして作業に集中することになりますが、手ノコやノミなどを使っているときは何も音がないと寂しく、いつもラジオを鳴らしていました。
ずいぶん前に子供が使っていたラジカセやら何かのノベルティで頂戴した防災ラジオとかを使いまわしていましたが、突然の雨や舞い散る埃などの過酷な作業現場に耐えられず今まで4台が使えなくなってしまいました。
そこで、作業ラジオ(現場ラジオとも言いますね!)を新たに購入しましたので、ついつい嬉しくてブログにUPしました。
何がすぐれているかと言えば、電源に同一メーカ(日立工機)の電動工具の電池が使えること。早速インパクトドライバーの予備電池をセットしました。
他にはUSBで携帯充電が出来ることやMP3プレーヤーなども外部ソースとして使えることですが、まあこのへんは最近なら当たり前と言ったところでしょうか。
今日からの私の新たな友達となったこのラジオ、受信感度も良く気に入りました。
で、昨日から雨もようやくあがったので、棟木の加工を始めました。7寸勾配の面出しラインを曲尺を使ってなぞります。墨打ちは8m長さともなれば一発では墨が綺麗にのらずに、後をたどりながら何度か上から打っていきました。
今朝も朝から雨です。束まで立てたログが雨ざらしになっていますが、しかたありません。雨の日にチェーンソーを使う気にはなれませんから・・・。
そんな日の作業は屋根の下で。
これから冬場に向けて建具造りにも励むことになりますので、作業小屋に設置する作業台を造りました。
材料は昨年秋に近所で小屋の解体を手伝ったときに頂いておいた古材です。
薄汚れていた古材もプレーナで削ると味のある材に生まれ変わります。縦・横の脚用に10cm角に加工し、ホゾ接合し、込栓で締め付けました。
そして脚を繋ぐ幕板はボルトできめました。これでビクともしません。
あとは天板に合板をセットするのみですが、丸ノコが使えるように天板に溝をつけたり、ルーターで建具枠の溝を切るためのガイドをつけたり、工夫次第でこれからの作業が快適に楽しく行えるかどうかにかかってきます。
ちなみに天板のサイズはサブロク(1820mm×910mm)です。
以上、ドゥーパを参考に作りました。
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